「99対1」の教え――あの日、謝れなかった私へ

幸福に生きるために

毎年8月8日を迎えると、思い出す出来事があります。

今から10年前の8月8日。

母を病院へ車で連れて行った帰り道、立ち寄った薬局の駐車場で、
隣に停まっていた車に接触してしまいました。

100%、私の不注意でした。

真夏の猛暑の中、3人の警察官がやって来て、現場検証が始まりました。

「私の不注意で、こんな暑い日に多くの人に迷惑をかけてしまった。」

申し訳なさとショックで、頭の中が真っ白になっていました。

薬局の待合室には暑さを避けて母と、車の持ち主である被害者ご夫婦が座っていました。

母は何が起きたのか、よく理解できない様子でした。

私は、よほど動転していたのでしょう。

今でも信じられないのですが、お相手のご夫婦に、

「申し訳ありませんでした。」

その一言さえ、言うことができなかったのです。

「どうして私は謝れなかったのだろう」

事故の報告を受けた主人は、すぐに保険会社へ連絡してくれました。

事故後、相手の息子さんと名乗る人から、何度も電話がかかってきました。
「修理ではなく新車に替えてほしい」と。

電話が鳴るたびに、私は怖くなりました。

主人は、そのたびに、
「大変申し訳ありません。」と、何度も何度も電話口で謝っていました。

最終的には保険会社の対応により修理で解決し、その後は電話も止まりました。

問題そのものは終わりました。

けれども、私の心の中では終わっていませんでした。

「あの時、どうして私は一言でも謝れなかったのだろう。」
「謝っていたらこのような事態にはならなかったはず」

自分の未熟さを後悔し、胸が痛みました。

心に響いた「99対1」の教え

そんな私の心に深く響いた言葉があります。

それは「99対1」の教えです。

「たとえ相手に99の非があり、自分には1しか非がなかったとしても、
まず自分の1を認め、先に謝ることのできる人になりなさい」

この言葉を聞いたとき、10年前の自分を思い出しました。

あの事故は、100対0で100%私の過失。
さらに加え、私は一言も謝らなかった。

相手に99の非があって、自分には1しか非がないと感じるとき、
果たして私はその「1」を認めて謝ることができるだろうか――。

そう自分自身に問いかけました。

人間関係に「100対0」はほとんどない

交通事故など、責任の所在が明確な出来事では、100対0ということはあるでしょう。

しかし、人と人との心の行き違いやトラブルでは、
「100対0」ということはないのかもしれません。

「私は何も悪くない。あの人が100%悪い。」

そう思えても、静かに自分を振り返ってみると、
ゼロだと思っていた自分の側にも「1」が見つかることがあります。

言い方が少しきつかったのかもしれません。
相手の話を最後まで聞かなかったのかもしれません。
相手の立場や気持ちを理解しようとしなかったのかもしれません。

大切なのは、相手の99を数えることではなく、
まず自分の中にある「1」を見つけること
なのだと思います。

謝ることは「我」を乗り越える強さ

私たちは、自分の正しさを証明したくなります。

「なぜ私から謝らなければならないの?」

そう思うこともあるでしょう。

けれども、先に謝るということは、相手の99の非まで正しいと認めることではありません。

自分にある「1」について、自分が責任を持つということです。

謝ることは負けることではなく、
自分の小さな「我」を乗り越える強さではないかと思います。

創造原理では、人間は最初から完成された存在ではなく、
成長しながら人格を完成させていく存在であると教えています。

先に謝れる人。
先に赦せる人。
先に愛せる人。

そのような人格へと成長していくことが、人格の成長・個性完成への歩みなのだと思います。

試練も失敗も、自分を育てる栄養になる

聖書には、

「さまざまな試練に会うときは、この上ない喜びと思いなさい。
信仰が試されると忍耐が生じることを、あなたがたは知っているからです。」

(ヤコブ1章2~3節)

とあります。

人生には、できれば忘れてしまいたい失敗があります。

私にとって、10年前の出来事もその一つでした。

けれども今は、自分を責める記憶でなく、
大切なことを教えてくれた経験だったと思えるようになりました。
失敗は人生の栄養になるといいます。

あの日、謝れなかった自分がいたからこそ、今、
「先に謝れる人になりたい」と思うのです。

相手の99より、自分の1を見つめる

人は誰でも間違えます。失敗もします。

大切なのは、間違えない人になることでなく、自分の過ちに気づくこと。
それを素直に認められる人になること。

相手の99を責め続けるよりも、自分の1を見つめる。
その1を認めて、自分から素直に「ごめんなさい」と言える。

そこから、止まっていた人間関係が動き始めることもあるでしょう。

8月8日の私の苦い経験。
あの日の後悔を忘れずに、先に謝り、先に赦し、先に愛せる人へと、成長していきたいと思います。


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