自由を奪われても未来を語る――韓鶴子総裁が届けた希望のメッセージ

文鮮明、韓鶴子御夫妻
韓鶴子

自由を奪われても、希望まで奪うことはできない。
苦難のただ中にあっても、未来を語り続ける人がいる。
その言葉から、私は「真の母の心」とは何かを考えさせられました。

もし、自分の自由が奪われ、先の見えない日々が続いたとしたら――。

私たちは、その中で「未来」を語ることができるでしょうか。

苦しみや不安に心を奪われ、「なぜ私が」と嘆いてしまうかもしれません。

しかし、世界平和統一家庭連合の韓鶴子総裁は、
未だ厳しい状況に置かれながらも、未来への希望を語り続けています。

「命の尽きるその日まで、歩み続ける」

2026年7月10日、ソウル中央地方裁判所で行われた裁判の最終弁論で、
韓総裁は、自らは「お金によって権力を求める者ではない」と述べる一方、
教団指導者として社会に心配と混乱を招いたことについて謝罪しました。

そして最後に語ったのは、自分自身の苦しみではなく、
人類の平和と未来の子どもたちへの願いでした。

「私は命尽きるその日まで、この目標のために最善を尽くし、
どこにいようとも歩み続けてまいります。」

その「目標」とは――
戦争や対立を越え、人類が一つの家族として共に生きる平和な世界実現です。

自由な場所にいる時に希望を語ることは、それほど難しくないかもしれません。

しかし、自らが困難のただ中に置かれている時にもなお、「未来と希望」を語り続ける。

その言葉に、私は強い意志を感じました。

拘束365日を経て届けられた、新たな言葉

そして2026年9月20日、韓総裁の新たなメッセージが伝えられました。

その内容は、当初2027年に予定されていた国際合同祝福結婚式を、
2028年に行うというものでした。

「ここ(拘置所)から出て祝祷をしてあげたい。大きく準備しなさい。内実を期しましょう。」

未来に向けた韓総裁の力強いメッセージです。

「ここから出て……」という言葉は、
いわゆる現在の囹圄(れいご・自由を奪われ拘束された状態)の身、
囹圄の立場から解放されて、実態で祝福をしてくださるという意味です。
2028年に、自ら祝福式の祝祷をする日を見据えておられることを知りました。

<写真:国際合同祝福結婚式の様子>

そこには、「今が難しいから立ち止まる」のではありません。
摂理的に見て天の父母様60周年である2028年に目標を置き、
さらに準備して大きく勝利しようという明るい希望が表れています。

戦争も対立もない人類一家族世界の美しい未来をつくっていこう――。

それは、囹圄の中から発せられたとは思えないほど、前向きなメッセージでした。

苦難の中でこそ見えてくる、その人の生き方

もちろん、韓総裁をめぐる裁判については、検察側と韓総裁側で主張が異なります。

だからこそ、司法の場では証拠に基づいた公正な判断が求められますし、
その評価は冷静になされなければなりません。

けれども、それとは別に、私が心を打たれることがあります。

それは、どのような環境に置かれても、希望を手放さない生き方です。

歴史を振り返れば、南アフリカのネルソン・マンデラ氏も、
アパルトヘイト(人種隔離政策)に反対する闘いの中で、
27年以上にわたって囹圄(れいご)の身に置かれました。

それでも釈放後、報復ではなく愛と許しで和解への道を歩み、
分断された国を一つにしようと努めました。

また、インド独立運動を率いたマハトマ・ガンジーも、たびたび投獄されながら、
憎しみに憎しみで応えるのではなく、非暴力という信念を貫きました。

もちろん、時代も置かれた状況も、それぞれ異なります。

それでも、自由を奪われるような苦難と試練の中で、
何を心に抱き、何を未来に残そうとするのか――。

そこに、その人の生き方が表れるのではないでしょうか。

「ここから出て、再び歩み出そう!」
「未来のために、今から準備しよう!」

自分の苦しみだけに目を向けるのではなく、その先にいる人々や次の世代を見つめている。

私はそこに、自らがたとえ困難な状況にあっても、決して諦めず未来を最後まで信じる。
自らの犠牲を差し出しても子どもたちの未来を守り続ける「真の母の心」を見るのです。

真実を信じ、希望を失わずに

人生には、自分の力だけではどうすることもできない試練があります。

誤解されることもあれば、理不尽なこともあります。
願った通りの結果にならないこともあります。

そんな時、人間にできることは何でしょうか。

絶望するのですか。
誰かを憎むのですか。

それとも、なお未来を信じて歩き続けますか。

囹圄の中でも韓総裁はいいます。
「愛して、許して一つになりなさい。」
「私は命尽きるその日まで、この目標のために、どこにいようとも歩み続けてまいります」

韓総裁の言葉を聞きながら、私は改めて考えさせられました。

真実についての最終的な判断は、司法と歴史に委ねられるでしょう。

私は、いつの日か真実が明らかになることを信じています。

また、それと同時に、心に残るものがあります。

どのような状況に置かれても、希望を捨てず、未来を信じ、
次の世代の幸福と平和を願い続けることです
。

その生き方そのものから、私たちは学ぶものがあります。

暗闇の中にいる時ほど、遠くの光を見つめる。
苦難の中にいる時ほど、未来への希望の種を蒔く。

私は、その決して諦めない姿勢の中に、
「真の母」として子どもたちの未来を最後まで守ろうとする愛を感じます。

韓鶴子総裁のご健康と一日も早い無罪釈放を願い、祈りを込めて、この記事を投稿します。


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