人生は山あり谷あり。
晴れた日もあれば、雨の日もある。
平坦な道もあれば、ぬかるみに足を取られる日もある。
急な坂道に息を切らし、石につまずいて転ぶことだってあります。
それが人生なのかもしれません。
できることなら、誰だって楽な道を歩きたい。
けれど、長い人生を振り返ってみると、不思議なことに気づきます。
楽な道を選んだから幸せになるとは限らず、
困難な道を歩いたから不幸になるとも限らない。
むしろ、苦労して歩いた道の先にこそ、
それまで見たことのなかった景色が待っていることがあります。
文鮮明師は「あえて困難な道を行きなさい!」とおっしゃいました。
そんなことを考えるたび、私にはずいぶん昔に見た、忘れられない夢があります。
忘れられない「二つの道」の夢
ずいぶん昔、私はとても印象的な夢を見ました。
目の前で道が二つに分かれていました。
右側には「楽な道」、左側には「困難な道」という標識が立っています。

一人の女性が男性のバイクの後ろに乗って、「楽な道」へ進もうとしていました。
私はなぜか必死になって、
「そっちの道へ行ってはダメダメ!」と叫びました。
けれど彼女は笑顔で「バイバイ!」と手を振り、「楽な道」へ行ってしまったのです。
夢の中の女性は、結婚を目前に控えていました。
あまりにもリアルな夢だったので、心にずっと残っていました。
そして、その後の女性の人生には、思いもよらない出来事が待っていました。
二人目の妊娠で離婚。
子どもを抱えての生活、転居、転職――。
決して平坦とは言えない道を歩んできました。
人生は、そもそも山あり谷あり
けれど今、私はこう思うようになりました。
人生とは、もともと山あり谷ありなのだ。
平坦な一本道を、何事もなく最後まで歩ける人など、ほとんどいないでしょう。
デコボコ道もあれば、ぬかるみもあります。
急な上り坂もあれば、下り坂もあります。
「もう歩けない」と座り込みたくなる日もあります。
時には道をUターンしたり、遠回りしたりすることもあるでしょう。
それが人生なのかもしれません。
ところが、最初から「楽な道」を期待していると、突然困難が現れたとき、
「こんなはずではなかった」
「どうしてこんなことが起きるの?」と嘆いてしまいます。
そう嘆けば嘆くほど、目の前の苦しみはさらに大きく感じられるのかもしれません。
「困難もある」と覚悟して歩けば景色が変わる
反対に、最初から、
「人生には困難や試練があって当たり前」と思って歩き始めたら、どうでしょう。
坂道が現れたら、「やっぱり坂道もあったね」
暴風雨が吹いたら、「暴風雨の日もあるよ」
転んでしまったら、「少し休んで、また歩こう」
そう思えるのではないでしょうか。
困難そのものがなくなるわけではありません。
痛いものは痛いし、悲しいものは悲しい。
泣きたい日もある。
それでも、
「この経験にも、きっと何か意味がある」
「この経験は、私の成長のため」と思うだけで、人生の景色は少し変わります。
No pain, no gain――痛みの向こうにあるもの
「No pain, no gain――痛みなくして得るものなし」という言葉があります。
価値あるものを手に入れるためには、ときには努力や苦労、忍耐が必要だという意味です。
種をまいた翌日に花が咲くことはありません。
土の中では何も起きていないように見えても、種は静かに根を伸ばしています。
私たちの人生も同じかもしれません。
失敗したこと。傷ついたこと。苦しんだこと。
思い通りにならなかったこと。
遠回りしたこと。
「あの時間は無駄だった」と思ったことさえ、何年もたって振り返ると、
「あの経験があったから、今の自分がいる」と思えることがあります。
離婚から8年がたちました。
あの頃の苦しみがすべて消えたわけではないようです。
けれど、二人の子どもを守りながら懸命に生きてきた年月は、
彼女を少しずつ忍耐強く、しかも優しくしてくれたのではないかと感じます。
困難な道だからこそ、感謝して明るく楽しく
「あえて困難な道を選ぶ」というのは、わざわざ不幸を求めることではありません。
苦労を美化することでもありません。
楽であることだけを人生の基準にしない。
大変そうだからと、夢や挑戦を手放さない。
うまくいくか不安でも、勇気を出して一歩を踏み出してみる。
どんなことでも感謝して歩む。
そして困難に出会ったとき、
「これも人生。さあ、どうやって越えていこうか」と受け止めてみる。
一人では越えられない山も、誰かと一緒なら越えられます。
重い荷物も、ときには誰かと分け合って持てばいい。
疲れたら休み、転んだら立ち上がり、時には楽しみながら遠回りしてみる。
そんな人生も悪くありません。
あえて難しい道を、一緒に行ってみませんか?
人生は、山あり谷あり。
それなら、最初から覚悟して楽しみながら歩いて行きましょう。
「楽な人生でありますように」と願うだけではなく、
「どんな道であっても、感謝して歩ける自分でありますように」と祈って歩みましょう。
山を登れば、息が切れます。汗もかきます。怪我もするでしょう。
途中で「もう嫌だ」と思うことだってあるでしょう。
泣きたい時は泣けばいい。
疲れたら休めばいい。
でも・・・、高い山であればこそ、頂上から見える絶景があります。
「楽な道」では決して見ることのできなかった景色が待っていると思うのです。
そして振り返ったとき、
「あの坂道も、この涙も、無駄ではなかった」と笑える日がきっと来る。
No pain, no gain! 痛みなくして得るものなし!
どうせ歩く人生なら、困難さえも人生の一部として受け入れながら、
感謝して、楽しく歩いて行きたいですね。
あなたも、あえて難しい道を一緒に行ってみませんか?



