世界平和は一人ひとりの心から――宮城県の大林寺と慈眼寺を訪ねて

世界平和のために

過去の憎しみを越えて、赦しと祈りを未来へ。
世界平和とは、私たち一人ひとりの「恕(じょ)」の心、
相手を思いやり、相手の罪や過ちを赦す心から始まる。

二つのお寺で祈った世界平和

11月1日、宮城県にある二つのお寺を訪ねました。

一つは栗原市の大林寺。
もう一つは仙台市秋保の福聚山 慈眼寺です。

場所も歴史も異なる二つのお寺ですが、そこには共通する願いがありました。

「世界が平和でありますように」

争いや戦争が絶えない今だからこそ、心に深く残る一日となりました。

大林寺に残る安重根と日本人の物語

最初に訪ねた大林寺は、安重根(アン・ジュングン)と深い縁のあるお寺です。

安重根は1909年10月26日、ハルピン駅で初代韓国統監・伊藤博文を射殺した人物です。

日本では伊藤博文を暗殺した人物として知られる一方、
韓国では独立運動に身を投じた「義士」として国民的英雄になっています。

伊藤博文暗殺事件から117年が経った今も、
事件の経緯や背景にはさまざまな疑問が提起され、研究や議論が続けられています。

しかし、今回私が心を引かれたのは、暗殺事件そのものではありません。

安重根と、獄中で彼に接した日本人たちとの、国境や立場を超えた心の交流でした。

<安重根(アン・ジュングン)>


安重根はカトリックの信仰を持つクリスチャンでもあり、洗礼名は「トマス」でした。

旅順監獄に収監された安重根は、死を目前にしながらも東洋の平和を願い、
獄中で『東洋平和論』の執筆に取り組みました。
それは処刑によって未完に終わりましたが、今日まで研究が続けられています。

そして、立場を超えて彼の人柄や思想に心を動かされた日本人がいました。

弁護士の水野吉太郎、検察官の溝渕孝雄、看守の千葉十七、
そして栗原貞吉(刑務所長)、八木正礼(看守)、津田海純(浄心寺の住職)らです。

「いつの日か、平和な時代に」

特に安重根と深い交流を持ったのが、宮城県出身の千葉十七でした。

千葉は当初、安を警戒していたといいますが、
接するうちにその人柄や祖国を思う心に触れ、次第に敬意を抱くようになりました。

安は処刑を前に、千葉に

「為国献身軍人本分」
――国のために身を捧げることは軍人の本分である――
と書いた墨書を贈りました。


千葉は、故郷・宮城に帰った後も安を忘れず、
生涯にわたって供養を続けたと伝えられています。

安重根が千葉十七に贈った直筆「為国献身軍人本分」の遺墨は、
千葉家で約70年間大切に守られた後、
安重根生誕100周年を機に韓国の安重根記念館へ寄贈されました。

現在、千葉家の菩提寺である大林寺には、
その遺墨をもとに、切断した左手薬指の安の手形を刻んだ大きな顕彰碑が建てられています。

この碑は1981年3月26日に建立されました。
2011年の東日本大震災でもこの石碑だけは倒れなかったそうです。

碑の裏には、
「日韓両国永遠の友好を祈念」との願いが刻まれています。

1992年からは、『安重根と千葉十七夫妻を偲ぶ日韓合同供養』が行われてきました。

大きな石碑の前に立つと、敵味方という立場を超えて心を通わせた二人の姿が、
時代を越えて語りかけてくるようでした。

<大林寺>

<顕彰碑の表と裏>

慈眼寺――燃え上がる炎に世界の安穏を祈る

その後向かったのが、仙台市秋保にある修験道の福聚山 慈眼寺です。

11月1日午後6時から、塩沼亮潤大阿闍梨による「世界安穏護摩供」が厳修されました。

塩沼亮潤大阿闍梨は、19歳で奈良県吉野の金峯山寺で出家し、
一日48キロの険しい山道を往復し、
それを千日間(9年間)続ける「大峯千日回峰行」を1999年に満行。
さらに「四無行」などの厳しい修行を成し遂げた、1300年に二人目の満行者です。
2003年、故郷・秋保に慈眼寺を建立されました。

<塩沼亮潤大阿闍梨>

<ライトアップされた慈眼寺>


この日、夕暮れが迫り、紅葉が始まった慈眼寺のライトアップされた慈眼寺。

午後6時、本堂で太鼓と読経の中で、護摩炊きが開始され、
『世界安穏護摩供』が厳俢されました。
燃え上がる炎を前に、多くの参拝者が世界の平和を祈りました。

そして法話の中で特に私の心に残ったのが、「恕(じょ)」の心でした。
恕とは、相手を思いやり、相手の罪や過ちを赦す心。

過去の恨みにいつまでも囚われず、未来を思い悩まない。
人を赦し、自分を赦し、心を解き放つ。

世界平和というと、国家や政治の大きな問題のように思えます。
しかし、世界をつくっているのは一人ひとりの人間です。

一人の心から憎しみ怨みが一つ消える。
一つの家庭から争い葛藤が一つ消える。
隣人を赦し、違いを認め、互いを思いやる。

そんな一人ひとりの小さな一歩の積み重ねが、やがて世界の平和へつながっていくのでしょう。

<護摩供の写真:慈眼寺のホームより>

世界平和は、一人の心から

大林寺で出会った、安重根と千葉十七の物語。

そして慈眼寺で燃え上がった、世界安穏を祈願する護摩の炎。

国籍も民族も、思想も宗教宗派も違います。

けれども、
「争うのではなく、共に仲良く幸せに生きたい」
という人間の願いに違いはありません。

過去を忘れることはできないこともあります。
しかし、過去の憎しみを未来へ引き継ぐ必要はないでしょう。

人を赦し、自分を赦す。
相手の立場を思いやる。
そして、一人ひとりが自分の心を平和にする。

11月1日、二つのお寺を巡りながら、

世界平和とは、遠いところにある大きな理想ではなく、
私たち一人ひとりの「恕の心」から始まり、決して成せない夢ではない――

そんなことを、あらためて考えさせられた一日でした。



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