~抱きしめることだけが、愛ではない。
待つことも、信じることも、手放すこともある。
愛とは、「あなたが幸せであってほしい」と願うこと。~
抱きしめるだけが愛ではない
ある少女の言葉に、私は心を動かされました。
幼い頃から歌手を夢見ていた少女には、
いつもそばで応援し、マネージャーとして支えてくれるお母さんがいました。
ところが、そのお母さんが末期がんとなり、生死の境をさまようことになります。
家族が懸命に祈る中、少女も不安や寂しさを抱えながら、
母のために、さまざまなコンテストに挑戦し、優秀な成績を収めていきました。
やがて家族の願いが届き、奇跡的にもお母さんは死の淵から生還します。
元気になったお母さんとステージに立った少女は、
心を込めて歌い、こんなメッセージをくれました。
「愛とは、見つめること、待ってあげること。」
私は、この言葉に胸を打たれました。
見つめるだけが愛ではない。
抱きしめるだけが愛ではない。
待つこと。見守ること。祈ること。
そして時には、手放すことさえ愛なのかもしれません。
「愛する」とは、いったいどういうことなのでしょうか。
愛とは、見つめること
幼い子どもが自転車の練習をしています。
転びそうになると、親は思わず支えたくなります。それでも少し離れて、
「大丈夫。あなたならできるよ」と見守る。
見つめるとは監視することではなく、
関心を持ち、相手を信じて見守り続けること。
「誰かが自分を見ていてくれる」。
それだけで、人はもう一度立ち上がれることができます。
愛とは、祈ってあげること
病気の家族、離れて暮らす子ども、人生につまずいている友人――。
大切な人が苦しんでいても、何もしてあげられない時があります。
それでも、
「どうか、この人が幸せでありますように」と祈ることはできます。
自分の手が届かないところにいても、その人の幸せを願い、祈り続ける。
それもまた、静かで深い愛なのでしょう。
愛とは、待ってあげること
なかなか学校へ行けない子どもに、
「早くしなさい」「またお休みするの」と言いたくなることがあります。
けれど、本人にしか分からない苦しみがあるのかもしれません。
花にも咲く時期があります。人も同じです。
自分の時計ではなく、相手の時計に合わせてあげる。
「急がなくてもいいよ。あなたの時が来るまで待っているよ」
待つことは、何もしないことではありません。
自力で判断し立ち上がるまで待ってあげること。
信じながら待つことも、大きな愛です。
愛とは、手放すこと
親は子どもを守りたいものです。
失敗しそうなら助けたい。
間違った道へ行きそうなら止めたい。
けれど、いつまでも親が先回りして道の石を拾っていたら、
子どもは自分の足で歩くことを覚えられません。
進学、就職、結婚――いつか子どもは親の手を離れていきます。
手放すとは、愛することをやめることではありません。
相手を信じて、愛し方を変えることです。
愛とは、叱ること、褒めること
何でも「いいよ」と許すことだけが愛ではありません。
大切な人が間違った方向へ進もうとしているなら、
「それは違うと思うよ」
と伝えなければならない時もあります。
怒りをぶつけるのではなく、その人の幸せを願うからこそ叱る。
反対に、小さな努力や成長を見つけて褒めることも愛です。
「毎日頑張っていたものね」
「前よりずっと上手になったね」
褒めるとは、お世辞ではなく、
その人の中にある良いところを見つけ、言葉にして返してあげること。
「ちゃんと見ているよ」という愛のメッセージなのです。
愛とは、信じること、諦めないこと
何度失敗しても、
「あなたなら、もう一度やり直せる」
と信じてくれる人が一人でもいれば、人は立ち上がることができます。
時には、何度手を差し伸べても振り払われ、
「もう知らない」
と言いたくなることもあるでしょう。
そんな時は距離を置いてもいい。
黙って待ってもいい。必要なら手を放してもいい。
それでも、その人の存在や可能性まで見限らないこと。
愛とは、相手を変えることを諦めないことではなく、
相手の中にある可能性を諦めないこと。
手は放しても、心まで放さない。
それも愛なのだと思います。
愛とは、許すこと。そして忘れてあげること
夫婦喧嘩になると、
「あなたは、あの時もそうだったでしょう」
と何年も前の失敗まで持ち出してしまうことがあります。
許すと言いながら、心の帳簿には相手の失敗が残っているのです。
もちろん、深く傷ついた出来事を無理に忘れる必要はありません。
けれど、本当に相手が反省し、やり直そうとしているなら、
過去を何度も持ち出さないことも愛ではないでしょうか。
時には、覚えておくことではなく、忘れてあげることも愛なのです。
愛とは、寄り添ってあげること
悲しんでいる人に、無理に「頑張って」「元気を出して」と言わなくてもいい。
ただそばにいて、話を聞く。
泣きたい時には一緒に涙を流し、話したくない時には黙ってそばにいる。
寄り添うとは、相手を自分のところへ引っ張ることではなく、
自分が相手の心のそばへ行ってあげること。
「あなたは一人ではないよ」
そう言葉にしなくても伝わる愛があります。
愛とは、「ありがとう」を伝えること
長く一緒にいるほど、「してもらって当たり前」が増えていきます。
毎日の家事。「おかえり」の一言。何気ない気遣い。
だからこそ、
「ありがとう」
「あなたがいてくれてよかった」
と伝えたいものです。
愛は心の中にあるだけでは、相手には見えません。
感謝という言葉にして返すことで、愛は相手の心に届きます。
愛とは、相手の幸せを願うこと
こうして考えてみると、愛にはさまざまな「かたち」があります。
見つめる愛。祈る愛。待つ愛。手放す愛。
叱る愛。褒める愛。信じる愛。諦めない愛。
許す愛。寄り添う愛。感謝する愛。
若い頃の愛は、
「あなたと一緒にいたい」という愛なのかもしれません。
けれど、長い年月を重ねて愛が深くなっていくと、
「あなたが幸せであってほしい」という愛へ変わっていくのかもしれません。
抱きしめる愛もあれば、手を放す愛もある。
声をかける愛もあれば、黙って待つ愛もある。
近くにいる愛もあれば、遠くから祈る愛もある。
愛とは、相手を自分の思い通りにすることではなく、
その人がその人らしく、自分の人生を歩いていけるよう祈り続けること。
待ってくれる人がいる。
信じてくれる人がいる。
祈ってくれる人がいる。
それだけで、人は歩いていけるのかもしれません。
愛とは、つなぎ止めることではなく、
いつでも帰ってこられる場所であり続けること。
そんな愛を、私も育てていきたいと思います。

