人生には、自分ではどうすることもできない出来事に直面することがあります。
突然の病気や事故、仕事の失敗、大切な人との別れ、
また、報われない出来事、あるいは理不尽な出来事――。
そんな時、私たちは「なぜ…」「どうして…」「誰のせい…」と原因を探したくなります。
しかし、本当に大切なのは、出来事そのものよりも、
「その出来事を通して自分がどのような人間になるか」なのかもしれません。
歴史を振り返ると、多くの偉人たちは苦難の中で人格を磨き、人々に希望を与えてきました。
イエス・キリストは十字架の上で、自分を傷つける人々を憎むことなく、
「父よ、彼らをお赦しください」と執りなしの祈りをしました。
また、多くの宗教者や偉人たちも、試練を怨みに変えるのではなく、
人を愛する力へと変えてきました。
試練は、人を壊すこともあります。
しかし、同時に、人を深く成長させる機会にもなります。
だからこそ、「なぜこんなことに…」と嘆くだけではなく、
「この経験を通して私は何を学ぶのか」と問い直すことが大切ではないでしょうか。
本当に強い人とは
ある方が、こんな話をされました。
「たとえ相手に99の非があり、自分には1しか非がなかったとしても、
まず自分の1を認めて謝ることのできる人になりなさい」と。
私たちは、自分が正しいことを証明しようとし、
相手の間違いを指摘したくなります。
しかし、本当に強い人とは、勝ち負けにこだわる人ではありません。
自分を振り返り、「私にも至らないところがあった」と素直に認められる人です。
「ごめんなさい。」「ありがとう。」
この短い言葉を、私たちは案外言えないものです。
けれども、この一言が家庭を変え、職場を変え、人間関係を変える力になります。
社会が変わるのは、制度でありません。
一人ひとりの心が変わることで、初めて本当の意味で変わっていくのではないでしょうか。
赦しなさい、愛しなさい、感謝しなさい
韓鶴子総裁は、どんな試練や苦難の中でも大切な心の姿勢として、
「赦しなさい。愛しなさい。感謝して一つになりなさい。」と教えています。
<写真:韓鶴子総裁>

人を赦すことは、簡単ではありません。
自分が傷つけられた時、理不尽な扱いを受けた時、私たちは相手を責め、
「私は間違っていない」と思うことがあるでしょう。
けれども、憎しみを握りしめている限り、その出来事に心を縛られ続けることにもなります。
赦すとは、相手の行為を正しいと認めることではなく、
憎しみに自分の心を支配させないことなのだと思います。
赦しとは愛を手放さない勇気です。
そして、さらに大切なことがあります。
それは、赦して終わるのではなく、さらに相手を愛することです。
その試練から何かを学び、
「この経験にも意味があった」と感謝できるところまで心を高めていく。
「赦す」から「愛する」へ。
「愛する」から「感謝する」へ。
自分を傷つけた人を憎むよりも、赦すこと。
不平不満を抱き続けるよりも、その中に意味を見いだして感謝すること。
そこに、人間の本当の強さがあるのかもしれません。
試練そのものを選ぶことはできなくても、
試練にどう向き合うかは、自分で選ぶことができます。
「赦しなさい。愛しなさい。感謝しなさい。」
この三つの言葉は、苦しみを怨みに変えるのではなく、
苦しみさえも自分を成長させ、人を愛する力へと変えていくための、生き方の指針なのだと思います。
親の愛に学ぶ
親は、子どものためなら自分を犠牲にすることがあります。
もし子どもが危険な目に遭えば、自分の身を盾にしてでも守ろうとするでしょう。
それが親の愛です。
本当の愛とは、自分を守ることではなく、相手を生かそうとする心です。
だからこそ、私たちも「自分はどう評価されるか」ではなく、
「目の前の人のために何ができるか」を考えて生きたいものです。
そのような小さな愛の積み重ねが、家庭を温め、地域を変え、
社会に希望を広げていくのではないでしょうか。
平和は身近なところから始まる
世界平和という言葉を聞くと、とても大きな目標であり理想のように感じます。
しかし、その第一歩は、家庭の中にあります。
夫婦が互いに感謝を伝えること。
親子が笑顔で話し合えること。
友人を思いやること。
職場で相手を尊重すること。
こうした日常の和睦こそが、平和な社会を築く土台になります。
だから、私たちは社会や世界を変えようと焦る前に、
まず自分自身を変えることから始めたいものです。
試練は決して望ましいものではありません。
しかし、その試練を通して優しさを学び、
人を赦し、感謝を覚え、人格を磨くことができるなら、
その苦しみは決して無駄にはなりません。
人生で本当に大切なのは、「どんな試練に遭ったか」ではなく、
「その試練を通して、どのような人になれたか」なのだと思います。
苦痛を耐え忍び感謝に変え、犠牲を喜びに変えるとき、
人は試練に打ち勝つだけでなく、その試練さえも人を生かす希望へと変えることができます。
人生の本当の勝利とは、苦しみがなくなることではありません。
苦しみの中でも愛することをやめず、
喜んで人のために生きる人格を築くことなのではないかと思います。
「患難は忍耐を生み、忍耐は練達を、練達は希望を生む。」(ローマ書5章3~4節)

