「お母様の意識がありません。救急搬送します。
こちらに来れますか?」
早朝、母が入所している施設からの電話だった。
目と鼻の先にある母の入所する介護施設グループホーム。
急いで駆け付けると、
救急隊員の方がベットの上の母を処置をしていた。
隊員が盛んに呼びかけているが、母の反応はない。
ベットにあおむけの姿で、顔の血色がなく眠っているように見えた。
救急隊の方が母の状況をスタッフに聞いていた。
コロナ感染の疑いはないかと聞かれていた。
この日の母は5時半に起きて、着替えを自分でしたらしい。
その後、朝食に来ないためスタッフが部屋を覗いたそうだ。
母の異変に気付いたスタッフは、訪問診療の医師に連絡を取り、
医師の指示で救急搬送が決まったのだ。
「いつも一番お元気なのに、ビックリしちゃった!」
と、スタッフは私に言いながら、
救急隊員の指示にあたふたとしていた。
入院の準備もしてくださった。
救急隊員が私に尋ねた。
「万が一のことですが、延命処置は望みますか?」
私は答えた。
「いいえ」
91歳の母、認知症以外の病気は何一つなかった。
最近、死にたいとは言ったようだが、
歌が好きで明るい性格だからあまり心配していなかった。
16年前、生後43日の初孫を天国に送るとき、
娘婿の父親が娘夫婦に言った言葉を私は忘れられない。
「この子はお前たちの子ではないよ。
神様の子だから・・・、
私達でどうすることもできないんだよ。
神様がすべて決めるのだから・・・」
母の命も神様に預けている。
生も死も神様が決めることだから心配してはいけない。
高齢の母の身体に生命維持装置を付けて延命する・・・、
母の身体と心を酷使したくはない。
生命維持装置を付けた母の姿を見たら
神様が一番最初に泣くだろう。
自分の母の緊急事態なのに、
なぜこんなに冷静でいられるのだろう。
不思議に思った。
救急隊員が母をシーツに包んで救急車の中に運んだ。
私とスタッフも、入院の荷物を抱えて一緒に乗った。
コロナのためにどこの病院に搬送されるかわからないと言われたが
搬送先は、母が月に1度通っていた病院だった。
車中では隊員さんの一人が病院と電話でやり取りしていた。
もう一人は心電図と血圧と母の状態を見ているようだった。
母の心電図からは、母が生きていることの証が見えた。
車の振動で母の身体が左右に揺れていた。
「お母さん!大丈夫? これから病院に行きますよ。」
と、私が母に声をかけてみた。
すると母が目をかすかに開けた。
「お母さん! 〇〇ですよ、わかる?」
その問いかけに、母は少し顔をこちらに向けた。
わかると言っているように見えた。
その様子を見ていた隊員さんが
「ア~~、大丈夫だ!」と言った。
病院に着くと、
施設のスタッフさんが二人待っていてくださった。
母が救急治療室に入り、
私達3人は病院の廊下で待っていた。
出勤してきた病院の職員さんたちが、
私たちの目の前を次々に通って行った。
にわかに病院が稼働し始める様子だった。
1時間ほどして、私達は救急治療室に呼ばれた。
寝台の上の母に向かってスタッフさんが駆け寄り、
母の名前を呼んでいた。
私は先生に声をかけられた。
心電図、脳波、CT、レントゲンなどいろんな検査をした結果
「問題になるような大きな病気はありませんでした」
「家に帰っていいですよ」
「えっ!? 帰れるんですか?」
私は先生の言葉を聞き間違えたと思い再度確認した。
血圧の低下が原因だったようだ。
血圧降下剤の薬をしばらく止めるようにと、
先生はスタッフさんに支持していた。
車いすが運ばれて帰る準備をしてくださった。
私はここでも疑った。
「母は立てるの? 歩けるんですか?」
「はい!大丈夫ですよ~」
母を看護師とスタッフさんが抱えて車いすに乗せてくれた。
病院から施設に戻った母は通常と変わりない姿で、
3時間前の母の姿からは想像ができない。
「何ともなくて良かったね~」と言われて、
「何が何だかわからない」と母は答えた。
3時間前の事はもちろん記憶にないであろうが、
ちょっと前に病院から帰ったことも母は忘れていた。
目の前に出された食事には目もくれなかったが、
「お母さんのために、娘さんが買って来てくれたのよ」
スタッフさんから勧められると、母はバナナ半分を食べ、
牛乳とヨーグルトは美味しいと言って残さず口にした。
大事な命も、
すべて神様に預けているのだから
すべてを神様に感謝した。