炎がすべてを飲み込もうとする瞬間。
理屈も恐怖も超えて、たった一つの行動を選択することがあります。
――「我が子を守る」という、母性です。
2025年春、韓国・慶尚北道で発生した大規模な山火事。
焼け跡で救助隊が見つけたものは、
鉄製のゲージの中で、子犬たちを抱いていた一匹の母犬でした。
首には太い鎖。逃げることができません。
炎が迫り、ゲージは熱を帯び、被毛は焼け皮膚が裂けました。
足の裏から胸、首まで全身に深い火傷を負いました。
母犬は身を丸め、子犬たちを懐に包み込んでいたのです。
ゲージの前で、すでに一匹の子犬が命を落としていました。
母犬は、炎の中で最後まで残された命を守り抜いたのです。
動物救助団体は彼女を、金(クム)のように尊い命であってほしいと、
「クムスニ」と名付けました。
<火傷を負った母犬クムスニと仔犬たち>

2026年1月。
同じ韓国全羅南道光陽市のマンションで、火災が起きました。
家の中に残されていたのは、1歳から5歳までの幼い三姉妹。
帰宅した母親は、屋外から異変に気づきました。
煙と炎はすでに居間を覆い、正面から中に入ることは不可能でした。
その時、母親はためらいませんでした。
反対を押し切って、上の階へ駆け上がりました。
ベランダ越しに、高さ約13メートルの外壁を素手で伝って降り、
炎と煙の中から、三人の子供を抱きかかえ連れ出しました。
消防隊が到着するまで、わずか数分。
その数分は、母親にとって、命の危険を顧みない一つの選択でした。
母子四人は、無事に救助されたのです。
恐怖を超えて「子の命を守る」母の愛
この二つの出来事は、犬と人間という違いを超えて、
同じ真実を語っています。
母の愛は、恐れを超え、無条件に、命を差し出す愛であること。
我が子の尊い命を守るという母性でした。
その愛は、人の命の奥深くに宿っている本能というものなのでしょう。
燃え盛る炎の中で「子を守る」という無条件の母の愛は、
私たちの心の根幹を揺さぶります。
反対を押し切り自ら拘置所へ――信徒を守ろうとした「母の決断」
炎の中に飛び込み、わが子を守った母と同じように、
困難の中に身を置き、人を守る責任を引き受け続けてきた一人の女性がいます。
「真の母」と呼ばれる家庭連合の韓鶴子総裁です。
ところが、彼女の真実の姿は、マスコミ報道や世間の印象からは見えていません。
強いバッシングや憶測と誤解の中で、
その歩みや思いが十分に伝えられてこなかったのも事実でしょう。
家庭連合の歴史を振り返るとき、見えてくるものは、
彼女が単なる宗教指導者という枠を超え、
「母として子の幸せを守る責任」を自ら引き受け続けた一人の女性の姿です。
教団に対する激しいバッシングや社会的圧力の中でも、
苦難や痛みを自らが引き受ける立場に立ちました。
昨年に起こった韓国の国家権力による宗教弾圧にも、
周囲の反対を押し切り、自ら”拘置所”に進み出ました。
それは、矢面に立ち苦難と痛みを引き受けることで、
信徒を守るという選択でした。
母の愛とは、子の言動のすべてを許し愛することです。
たとえ子供からも誤解され、否定され、裏切られても、
決して子を見捨てず、信じて逃げないことです。
「許しとは見捨てない愛」だからです。
韓鶴子総裁が示してきた姿は、
まさにそのような「無条件の愛」に基づくものです。
自らの犠牲をいとわず、自己犠牲の痛みを伴う歩みでした。
「許しなさい愛しなさい」という真の愛
また、韓総裁は、世界中から「人類の母・平和の母」と呼ばれています。
その理由は、教団や信徒の枠を超えて、
自らの足で世界各国を巡り、世界人類を包み込んできたからです。
世界人類を愛し守り幸福と平和のために歩み続けた、
尊い歩みであったからです。
その中で注目すべきことは、「怨讐をも許し愛した」ことです。
教団を批判し迫害する人々に対しても、
許しと愛をもって向き合ってきた点です。
「平和の母」は、昨年9月から、窓のない拘置所の狭い独房に拘束されています。
ほぼ全盲に近い状態で、先日、裁判所と拘置所で転倒しました。
受刑服の胸には受刑番号「ソウル369」(ミロク・弥勒)と、
記されていたという証言も伝えられています。
どのような状態に置かれても彼女は、
司法を担う検事や裁判官であれ、誰であれ、
許しと愛をもって向き合い、尊厳を重んじる姿勢を崩していません。
それは、法と社会秩序を尊重し、
人間の尊厳を決して手放さない、理性に支えられた尊い愛です。
愛せないものも愛し。
許せないものも許し。
感謝できないものにも感謝しました。
韓鶴子総裁の貫いた「真の愛」とは、
自らを差し出してでも他者のために生きる愛です。
憎しみの連鎖を終わらせようとする覚悟です。
そこには宗教的情念はありません。
人間社会に不可欠な、倫理的責任としての母性を示しています。
それは、今日の司法と社会が向き合うべき一つの成熟した価値観を
提示していると言えます。

「真の愛」が、私たちに問いかけるもの
「真の愛」とは、
“わが身を犠牲にしてまでも、他者のために生きる愛”です。
・炎の中で子を包み込む母犬のクムスニ。
・火の中へ飛び込んだ母親。
・世界人類を包み込み、自ら犠牲と苦難の中に飛び込んだ「平和の母」。
そこに共通する姿は、
理屈や常識や立場を超えた、命を差し出す母の愛と覚悟です。
母の愛と覚悟は、家庭に始まり、社会を癒し、
国や世界の平和を支える力となるでしょう。
――あなたは、誰のために生きますか。
――何を守るために、自分を差し出せますか。

<関連記事>

