風にそよぐしなやかな竹の如く ― 節があるからこそ倒れない

すべてに感謝して

塩沼亮潤大阿闍梨のお話の中でこんな言葉が心に残りました。
「竹の木には節があるからこそ、どんな風雨にも倒れないのです」と。

竹は、細く見えても驚くほど強靭です。
その秘密は、まっすぐな幹の途中にある“節”
があるからこそ、風にしなやかに揺れながらも、折れることはありません。

私は人生も同じではないかと思いました。
人生の節とは、苦しみや悲しみ、あるいは喜びや感謝の瞬間のこと。
それらがあるからこそ、人は、人生において、強く、

そしてしなやかに美しく成長できるのではないかと思います。

のない竹は、どんなに高く伸びても中身がもろく、折れやすいものです。

人間もまた、痛みや試練を知らなければ、
真の強さも、柔軟さも身に付かないのかもしれません。
人生の節は、人生に刻まれた成長の証、魂の軌跡のようなもの。
ひとつの節を越えるたびに、私たちはより高く、

より天に近づいていくのです。


禅の教えに
八風吹けども動ぜず(はっぷうふけどもどうぜず)」という言葉があります。
人生では、利益や損失、称賛や非難、苦しみや喜びといった
“八つの風”が吹くといいます。
けれども、それらに動じながらも、
天空の月のように心を乱されず静かに自分を保つ――

竹が風に揺れながらも、折れることなく、やがてまっすぐに静まるように、
人の心もまた、最後には本来の静けさに戻っていく――
そういう竹の心でありたいと思います。


竹には、さらにこんな一面もあります。

「竹は一本で生きるのではなく、群生して生きています。
 地下で根をつなぎ、見えぬところで支え合っている。
 それゆえに、竹林はどんな嵐にも倒れません。」

まるで人間の姿そのものですね。

「人間」という字は、人と人の間で生きると書き、人と人が支え合う形です。
私たちは一人で生きているのではなく、家族や仲間、社会という“竹林”の中で、
互いに一本の根から生じ、根を張り巡らせてどんな嵐にも折れず支え合って

生かされています。

私たちもまた、日々の出来事をそのままに受け入れ、
たとえ困難な中でも、家族や仲間と支え合いながら励まし合って節を恐れず、

風を恨むことなく、何事にも感謝し「風にそよぐ竹の心」で生きていきたいものです。


「許しなさい、愛しなさい、一つになりなさい」と、
誰かが私の耳元でささやきました。


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