私たちの周りには、様々な人生を歩む人々がいます。
それぞれが独自の魅力と価値を持っており、時に私たちに深い感銘を与えてくれます。
この人生の多様性を花に例えて考えてみました。
<高山植物のような人々>
厳しい環境で育ち、強靭さと気高さを兼ね備えています。高山植物のように、その美しさは遠くから眺めるものかもしれません。しかし、その存在自体が私たちに勇気と希望を与えてくれます。
<蓮の花のような人々>
困難や苦難を乗り越え、泥沼から美しく咲き誇る姿は、仏教で言う「泥中之蓮(でいちゅうのはす)」そのものです。その清らかさと強さは、私たちに生きる力を与えてくれます。
これらの花々は、どちらも貴重で美しく、比較することができません。
そして、その美しさを真に理解するには、私たち自身も経験を積み成長する必要があるのかもしれません。
とは言え、ここで重要なのは、自分自身をどう見るかです。
「私は雑草に過ぎない」と思うときがあります。
でも、植物学者の牧野富太郎博士の言葉を思い出してください。
「雑草という花はない」のです。
実際、私たちの身近にある植物たちも、それぞれに固有の価値があります。
イタドリ(鎮静効果)
ドクダミ(利尿作用、動脈硬化予防)
ヨモギ(血行促進、老廃物排出)
桑の葉(糖尿病や高血圧予防)
これらの「雑草」は、実は私たちの健康に大きく貢献しています。
人生も同じですね。
高山植物や蓮の花のような人生を歩めなくても、道端に咲く一輪の花のように、
誰かの役に立つ存在になることができます。
踏まれても立ち上がる強さを持ち、麦のように困難にあえば更に深く根を張り、
豊かな実りをもたらすこともできるのです。
私たちは皆、唯一無二の存在です。
高貴な花であれ、道端の雑草であれ、それぞれに固有の価値があります。
大切なのは、自分の持つ特性を活かし、周りの人々や社会に貢献することが大事です。
あなたは、どんな花になりたいですか?
そして、すでにどんな花として咲いていますか?
自分の価値を再発見し、人生という花園で美しく咲き誇りましょう。