仏道の中でも最も厳しいとされる、比叡山・延暦寺の荒行「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」
7年(1,000日)がかりで約4万キロを歩く。
最大の難関は700日目の「堂入り」だという、9日間断食、断水、不眠、不休を続け、
行者は死と向き合う荒行「四無行」だそうです。
行者は死と向き合う荒行「四無行」だそうです。
この千日回峰行を2度満行したという天台宗大阿闍梨(だいあじゃり)の酒井雄哉さん。
2度満行した人は、1,000年を超える比叡山の歴史の中でも3人しかいないそうです。
2度満行した人は、1,000年を超える比叡山の歴史の中でも3人しかいないそうです。
この酒井雄哉さんとはどんな人なのでしょうか。
酒井雄哉さんは1926年大阪市で生まれる。
1944年、予科練に入隊。特別攻撃隊員として終戦を迎えた。
戦後は様々な職業を転々とし、多大な借金を抱える。
33歳で結婚するが、2か月で妻が自殺してしまう。
様々な悩みを抱え仏門をたたき、39歳で比叡山延暦寺に入る。
1973年47歳で千日回峰を開始し、1980年10月に満行。
更に半年後に2度目の千日回峰に入り、
1987年7月、60歳という最高齢で2度目の満行達成。
「すべてが仏となる」という境地に達した。
仏教伝道文化賞(功労賞)受賞。
比叡山飯室谷不動堂長寿院住職を務めた。
数多くの著書は、生き方の指針や人生の知恵を与えてくれます。
“生き仏”と称され、2013年9月、87歳で入滅。
この千日回峰行の様子は1979年1月
NHK特集『行~比叡山・千日回峰~』で放送された。
NHK特集『行~比叡山・千日回峰~』で放送された。
実は、このNHKの番組を私も観て、強烈な印象を持ちました。
2度目の満行を達成後にいただいた、酒井阿闍梨さんのサイン入り写真集『道遙かなり』を
私は大切にしています。
2度目の満行を達成後にいただいた、酒井阿闍梨さんのサイン入り写真集『道遙かなり』を
私は大切にしています。
また、この同じテレビ番組を視聴していた人が他にもいました。
小学生の頃に酒井雄哉師の千日回峰行を見て、それに憧れて仏門に入った方です。
小学生の頃に酒井雄哉師の千日回峰行を見て、それに憧れて仏門に入った方です。
その方は塩沼亮潤(しおぬま りょうじゅん)大阿闍梨。
彼もまた、大峯千日回峰行を満行したのです。
彼もまた、大峯千日回峰行を満行したのです。
参考抜粋:
酒井雄哉大阿闍梨の壮絶な荒行と不思議な体験
著書『今できることをやればいい』をYouTubeからお借りしました。
酒井雄哉大阿闍梨の壮絶な荒行と不思議な体験
著書『今できることをやればいい』をYouTubeからお借りしました。
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