祖父は異国の地で国を守り、父は家族を守り、孫は歌で命と平和を守ろうとする。
100年の時を越えて受け継がれたものとは――。
「祖父は、大陸で商売をしていた――」
幼い頃からそう聞かされていた、さだまさしさん。
ところが、NHK「ファミリーヒストリー」で自らのルーツをたどる中、
これまで知らなかった祖父の佐田繁治さんの人生と、
佐田一族の誇り高き愛と宿命の物語が明かされたのです。
祖父繁治さんは激動の時代、ロシアのウラジオストクを舞台に、
日本のために情報収集に関わっていたもう一つの顔を持つ人物でした。
国際情勢が緊迫する中、危険と隣り合わせの任務に携わっていたというのです。
「祖父ちゃん、こんなところで闘っていたのか…」
さださんは涙でつぶやきました。
国を背負い危険と隣合わせの人生はどれほど孤独だったのでしょう。
しかし興味深いのは、祖父がロシア語を話し、現地の文化や音楽に親しみ、
人々との交流を大切にし、多くの人から信頼されていたというのです。
国と国が対立しても、そこに暮らす人まで憎むことはない。
人と人は心を通わせることができる。
そんな思いが、繁治さんの生涯から伝わってくるように感じます。
戦争によって一瞬で失われる「当たり前の日常」
やがて1945年、戦争の終結によって一家の生活は大きく変わります。
さださんの父親は少年時代を大陸で過ごし、
終戦後の混乱の中で日本へ引き揚げることになります。
飢えや病気、死と隣り合わせの過酷な体験を経て、たどり着いた長崎。
しかし、長崎もまた、原爆によって大きな傷を負っていました。
大陸で故郷を失い、長崎でも戦争の惨禍を見る――。
普通に働き、食卓を囲み、子どもを育て、
明日を夢見ていた人々の「当たり前の日常」を、一瞬にして奪われてしまったのです。
「平和は決して当たり前ではない」のだと思います。
ウクライナの女性がロシア兵に渡そうとした「ヒマワリの種」
私は以前、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年2月。
一つの映像についてブログ『ロシア兵に立ち向かい勇敢な少女』を書きました。
武装したロシア兵に、一人のウクライナ人女性がひるむことなく立ち向かいます。
彼女が兵士に差し出そうとしたのは、武器ではありません。
ヒマワリの種でした。
ウクライナを象徴する花、ヒマワリ。

少女は兵士に言いました。
「あなたたちがここで死んだ時、ヒマワリの花が咲くようにこの種を持って行きなさい!」
その勇気ある少女の映像を見ながら、「国を守る」とは武器を手にすることだけではなく、
武器を持たなくても、人間には守れるものがあるということでした。
それはいったい何なのでしょうか。
「わたしは君を撃たない」という強さ
この出来事から思い起こさせるのが、さだまさしさんの『キーウから遠く離れて』です。
そこに描かれているのは、
相手を憎み、倒すことによって平和を手に入れようとする姿ではありません。
武器ではなく、非暴力よって生命の尊さを訴えようとする人の姿です。
私はこの歌を聴くと、あのヒマワリの種を手にした女性の姿と重なります。
銃に銃で立ち向かうのではない。
「ポケット一杯に花の種をつめて戦車の前に両手を広げて立ち塞がるでしょう」
「力で命を奪うことはできても、人の心まで奪うことはできない」
非暴力という強い意志の強さを感じるのです。
祖父から父へ孫へと受け継がれたもの
デビュー53年目を迎えたさだまさしさん。
50枚を超えるアルバムを制作し、4700回以上のコンサートを重ね、
今も、その歩みを止めることはありません。
『雨やどり』『精霊流し』『風に立つライオン』をはじめ、
長年にわたり、家族の絆や命の尊さ、平和への願いを、
静かに、そして力強く歌い続けてきました。
なぜ、さださんの歌はこれほど多くの人の心に届くのでしょう。
それは、一人の音楽家の才能だけでは説明できない何かが、
その背景に流れているからなのかもしれません。
「僕は自分の力だけで歌ってきたと思っていた。でも違った。
祖父や父が言いたくても 言えなかった言葉を僕が代わりに歌わせてもらっているんだ。」
異国の地で激動の時代を生きた祖父。
戦争によって人生を翻弄されながらも、懸命に生きた父と家族。
そして、その歴史を知らず知らずのうちに受け継ぎ、歌にしてきた孫。
私たちは、自分一人の力だけで生きているのではありません。
名前も知らない先祖たちが流した涙、苦労、願い、そして祈り――。
その見えないバトンを受け取って、今を生きています。
さださんの透き通るようなバイオリンの音色も、
かつてウラジオストクの雪の中で祖父が耳にしたロシアの旋律と、
時を超えてどこかでつながっているのかもしれません。
そして今、その歌声は、祖父や父の時代を知らない私たちにも、
家族の絆と命の尊さ、そして平和の大切さを語りかけています。
花の種を、次の時代へ
さださんの祖父が生きた時代から、およそ一世紀。
それでも、世界から戦争はなくなっていません。
だからこそ私たちは、「誰が敵なのか」を考えるだけではなく、
何を次の世代へ残したらよいかを考えるべきではないでしょうか。
憎しみを残すのか。
それとも、許す心を残すのか。
争いを残すのか。
それとも、互いを理解しようとする心を残すのか。
武器ではなく、一粒の花の種を手渡す。
それはあまりにも小さく、無力に見えるかもしれません。
けれど、一粒の種から一輪の花が咲き、その花がまた新しい種を生みます。
平和も、きっと同じなのではないでしょうか。
武器を持たなくても、人間には守れるものがある。
言葉がある。
勇気がある。
憎しみを越えて、許す心がある。
そして、人を大切に思う愛の心がある。
祖父から父へ。
父から子へ。
そして、まだ見ぬ未来の子どもたちへ――。
戦争の悲しみをそのまま手渡すのではなく、
そこから生まれた「二度と戦争を繰り返してはならない」という願いを、
平和の種に変えて手渡していく。
それこそが、悲しい歴史を知った私たちにできることなのかもしれません。
一粒の平和の種が、人から人へ、世代から世代へと手渡され。
いつの日か、戦車が走った大地にも、子どもたちの笑い声が響き。
色とりどりの美しい花が咲きますように――。
*さだまさし『キーウから遠く離れて』を引用・転載させていただきました。



