それでも「許し、愛し、感謝して」――韓鶴子総裁が示した母の生き方

愛天愛国愛人

2026年8月31日。

韓国・ソウル中央地裁は、韓鶴子総裁に対し、第一審で懲役2年の判決を言い渡しました。

多くの人が一日も早い無罪釈放を願い、世界各地で祈りを重ねてきました。
それだけに、この判決を重く受け止めています。

しかし、これはあくまでも第一審の判決です。
今後、控訴などの司法手続きが取られるでしょう。
改めて事実と主張が審理されていく可能性があります。

韓総裁のご健康が心配される中、一日も早い無罪釈放を祈ります。

だからこそ、私たちはどのような結果にも揺らぐのではなく、
真実がより明らかになることを祈り、精誠を継続しながら、
冷静にその歩みを見守っていきたいと思います。

試練の中でこそ、その人の真価が現れる

人生には、自分ではどうすることもできない出来事があります。

病気や事故、人との別れ、誤解や理不尽な出来事――。

そんな時、人は恨みや不平を抱きやすくなります。

しかし韓総裁は、拘束という厳しい状況の中にあっても、
「許し、愛し、感謝する」という真の愛を身をもって示してこられました。

苦難の中でこそ、その人が何を信じ、どのように生きるのかが現れます。
その姿に、人間の本当の強さを見ることもあります。

それは相手を打ち負かす強さではなく、どんな状況でも愛を手放さない強さです。

「神の下の人類一家族世界」を願い続けた生涯

韓鶴子総裁の歩みを振り返る時、そこには一貫した願いがあります。

それは、

「神の下の人類一家族世界」の実現です。

戦争と対立のない世界をつくりたい。
国や民族、宗教や思想の違いを超えて、人類が一つの家族として生きる世界を実現したい――

その理想のために、韓総裁は世界中を訪ね、
多くの人々と出会い、平和運動や教育活動に生涯を捧げてこられました。

また、その歩みは自分自身の栄誉や幸福を求めるものではありませんでした。

自らの子女においても大きな試練を経験されながら、
人類の幸福と世界平和のために歩み続けてこられたのです。

さらに信仰者としては、天の神様の悲しみを慰め、
その心を解放するために生涯を捧げています。

忍耐と犠牲の連続であったその人生は、決して平坦な道ではありませんでした。

それでも歩みを止めなかったのは、自分のためではなく、
人類の未来のためだったのだと思います。

たった一人で歩まれた孤独なその生き方は、私たちは誇りです。

そして、その理想は決して一人の人物とともに終わるものではなく、
私たち一人ひとりが受け継いでいくべき願いなのだと思うのです。

子女の痛みを背負い、矢面に立った「母」の姿

今回の韓総裁の拘束を前にしたとき、私は一つのことを深く考えさせられました。

それは、韓総裁がご自身だけを守ろうとするのではなく、
子女である私たちの不足や失敗までも自らの痛みとして受け止め、
親として、責任者として矢面に立たれたのではないかということでした。

親とは、子どもが失敗した時に、ただ責めるだけの存在ではありません。
時には子どもの過ちに胸を痛め、その責任さえ自分のこととして受け止めようとします。

私は拘束の身にある韓総裁の姿に、そのような「母の愛」を見るのです。

拘置所に向かわれる時も、
「私のために祈らないで。あなたの家庭と統一家とみ旨のために祈りなさい」とおっしゃいました。

だからこそ今、
「私は果たすべき責任を果たしてきただろうか」
「天のみ旨の前に、本当に誠実に歩んできただろうか」と、
自分自身に問いかけなければなりません。

誰かを責めるのではなく、まず自らを省みる。
そして悔い改めを新しい実践へと変えていく。

韓総裁が背負われた痛みを無駄にしないためにも、
私たち一人ひとりがより責任ある子女として立ち上がることが、
今求められているのではないでしょうか。

「なぜ」ではなく、「私はどう生きるか」

私たちは試練や困難な出来事の原因を探したくなります。

「なぜ…」「どうして…」「誰のせい…」
そう問い続けることもあるでしょう。

しかし出来事そのものを変えられなくても、
その出来事にどう向き合うかは自分で選ぶことができます。

絶望と感じるのか、希望を見いだすのか。
憎しみを選ぶのか、愛を選ぶのか。
挫折するのか、感謝するのか。

韓総裁が示してきた生き方は、まさにその問いへの答えであったように思います。

今日を新しい決意の日に

一審の判決によって、私たちの理想や信念まで失われるわけではありません。

むしろ今こそ、誰かを責めるのではなく、
天のみ旨の前に自分自身を振り返り、
み旨の通りに歩めなかった私たちの不足と、
果たすべき責任を十分に果たせなかった姿を謙虚に悔い改める時なのだと思います。

そして、悔い改めを落胆で終わらせるのではなく、
更なる精誠と決意で出発しなければなりません。

人を愛すること。
家庭を大切にすること。
社会に貢献すること。
世界平和を願うこと。
そして「許し、愛し、感謝する」生き方を実践すること。

それらを改めて決意する時です。
その決意が何より、韓総裁への慰労と力になります。

私たちが希望を失わず、善なる歩みを続けるならば、
「神の下の人類一家族世界」という願いは実現されるでしょう。

韓総裁が願ってこられた世界は、私たち一人ひとりの生き方の中で受け継がれていくからです。

既に、二世三世たちは大きな希望を胸に世界に向かって歩み出しています。


夜が深いほど、夜明けは近い

人生には長い夜があります。
しかし夜は永遠には続きません。
冬の大地の下では、すでに春の準備が始まっています。

だから希望を失ってはなりません。
韓総裁自身もそのようにしているからです。

今日という日を絶望の日ではなく、
愛を選び、感謝を選ぶ日。
そして新しい決意をもって出発する日。
にしたいと思います。

韓総裁は、最終陳述でも力強く語っていました。
「私は命の尽きるその日まで、この目標のために、どこにいようとも歩み続けてまいります」

韓総裁が生涯をかけて願った平和な世界を胸に刻みながら、
私たちもまた前を向いて歩んでいきましょう。

涙を希望に変えて。
試練を成長に変えて。
そして「許し、愛し、感謝する」心を携えて。

新しい未来へ向かって、再び立ち上がって、力強く出発したいと思います。



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