『僕の夢は二つあります、宇宙飛行士と科学者です』
9月18日、NHKEテレ『ろう・難聴を生きる』番組の中で、
東京都立中央ろう学校、中学2年の孫が、
手話を交えて自分の夢を紹介しました。
番組に参加した彼ら19人は、
ろうや難聴によって大きなハンディをもっているにも関わらず、
大きな夢をもっていました。
そして、そのような困難を乗り越えようとする努力をしていました。
多くの視聴者も勇気と希望をいただいたでしょうか。
パラアスリートの言葉を思い出しました。
『できないことを頑張るのでなく、できることを頑張る!」
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孫が難聴だとわかったのは、彼が5歳の時でした。
「彼は歌を歌う時、歌わない」
「仲間に入って遊ばない」
と言った幼稚園の先生の言葉がきっかけでした。
検査の結果『難聴』
ショックでした。
韓国で生まれた彼は、2歳で日本に来て私達夫婦と同居になりました。
誰もが「孫が難聴」だったなんて気が付かなかったのです。
しかし、思い起こせばおかしなことがありましたが、
彼の個性だと思い、さほど気にしませんでした。
名前を呼んでも返事をしない、振り向かない。
同じ年代の子供たちの中に入って遊ばない。
「この子は本が好きだね~」と言われるほど、
部屋の隅で一人で、一日中本を読んでいました。
原因は「先天性サイトメガロウイルス感染症」でした。
サイトメガロウイルスを調べてみると下記のように書いています。
「妊娠中のお母さんがサイトメガロウイルスに感染すると、
赤ちゃんが何らか の障がいを持って生まれてくることがあります。
今のところ国が認めた治療薬、感染を防ぐためのワクチンがありません。
ですから、お母さんが妊娠中に感染しないことがとても大切です。」
娘夫婦は息子の将来を考えて、
普通の小学校で苦労しないように”ろう学校”を選択しました。
ろう学校の幼稚部で手話を覚え、補聴器を装着しました。
小学校は6人クラス、手話と口話で授業を受けました。
この様な難聴の彼は、
他の子供とちょっと違う特殊な能力(?)を持っています。
本を読むのがとても早く、
読んだ本の内容を正しく記憶しています。
宇宙や自然現象、科学に興味があり、
夏休みの宿題では時々、賞をいただきました。
だから、あだ名は「博士」です。
絵を描くと、レンズで覗かなければならないような
細かい不思議な絵を描きます。
『僕の夢は二つあります、宇宙飛行士と科学者です』
彼の幼い頃から持ち続けている大きな大きな夢、
そんな夢が必ずかないますように・・・。