認知症の母からのメッセージ

愛をもって
認知症、要介護3級の91歳の母
介護施設(グループホーム)に入所中の母を、
妹夫婦と4人で訪問しました。
 
コロナ禍によって、なかなか会えません。
もうしばらくしたら、以前のように会えるだろう
 
そんな日を待ち続けてきました。
 
母と面会できるのは2人まで、
たったの15分間。
 
仕方なく、施設の外から
二階のベランダ越しに母と面会をお願いしました。
 
「お久しぶり~、誰だかわかる?」と、
妹の夫が尋ねましたが、母の返事がありません。
 
こんな尋ね方をしたら、母が返事に困るかもしれません。
 
やはり、母は妹夫婦と主人の顔を忘れていました。
 
慌てて全員がマスクを外し
「○○ですよ~」と言うと、
 
「あらっ、そう?」母は気のない返事。
母は決して「誰だかわからない・・・」と言わない。
それは母の私たちに対する思いやりとして受け止めよう。
盛んに自分の頭をポンポンたたいて言いました。
 
「このお婆は、ダメだね~」
 
しだいに “老い” をまとっていく母。
悲しいことではないんです。
これが ”老い” というもの、
“生きる”ということ。
誰もがやがて迎える ”美しい老い” なのですね。
 
 
3年前、母が入所している介護施設から
『手紙〜親愛なる子どもたちへ~』
という詩(歌詞)をいただきました。
 
作者不明のポルトガル語の詩を翻訳したもだそうです。
樋口了一さんが曲をつけて歌っていました。
 
年老いた母が自分の愛する子供たちに
切々と語るメッセージが、
母とリンクします。

『手紙〜親愛なる子どもたちへ~』
                                         【作詞】不詳
【訳詞】角智織
【日本語補詞】樋口了一
【作曲】樋口了一
                                           年老いた私が ある日 今までの私と 違っていたとしても

どうかそのままの 私のことを 理解して欲しい

 私が服の上に 食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを 教えたように 見守って欲しい

 あなたと話す時 同じ話を何度も何度も 繰り返しても
その結末を どうかさえぎらずに うなずいて欲しい

あなたにせかまれて 繰り返し読んだ絵本の あたたかな結末は
いつも同じでも 私の心を 平和にしてくれた

 悲しいことではないんだ 消えて去って行くように
見える私の心へと 励ましの まなざしを 向けてほしい

 楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを いやがることきには 思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたと お風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

 いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ 出来なくなるかも知れない
足も衰えて 立ち上がる事すら 出来なくなったなら

あなたが か弱い足で 立ち上がろうと 私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの 手を握らせて欲しい
                                          私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと 思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力が ないのを知るのは つらい事だけど

私を理解して支えてくれる心だけを 持っていて欲しい
きっとそれだけで それだけで 私には勇気が わいてく
るのです
あなたの人生の始まりに 私がしっかりと 付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛を 持って笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ

 
『手紙〜親愛なる子どもたちへ~』YouTubeからお借りしました。
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