すべてが感謝であると信じて ―― 明日へ向かう人として生きる

すでに恵みの中にいます

かれこれ7年前の今頃、私は大切な友人を失いました。

「買い物に行ってくるね」
そう家族に言い残したまま、彼女は帰ってきませんでした。
遺言を残し、神奈川県・三浦海岸の冷たい海に身を委ねたのです。
彼女は数日後、変わり果てた姿で見つかりました。

その事実をなかなか受け止められず、
心の中には言葉にできない痛みが残っています。

人生は、決して思い通りには進まないものです。
病、別れ、経済的不安、人間関係の苦しみ。
信じがたい理不尽や、なぜ自分がと思う出来事に、誰もが直面します。

そんな現実の中で、静かに一つの生き方を示してくれることがあります。
それが、「どのような苦難の中にあっても、すべてを感謝として受け取る」
という、謙虚な姿勢です。


旧約聖書・ヨブの信仰が教える「感謝」の本質

私たちは、嬉しい時や恵まれている時、自然と「感謝」という言葉を口にします。
本当の感謝とは、状況に左右されない、心の姿勢なのだと思います。

旧約聖書『ヨブ記』には、正しく誠実に生きていたヨブが、
ある日突然、財産も家族も健康も失ってしまう物語が描かれています。
あまりにも過酷な運命を前に、人々は彼にその理由を問いました。

その時、ヨブが語った言葉があります。

「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」

ヨブは、与えられる恵みも、失うものも、
すべては天からの賜物であると受け止めました。


人生そのものを神から預かったものとして、
喜びも悲しみも、すべてを感謝で引き受けた
のです。


謙虚さとは、人生を感謝で受け止める強さ

「謙虚さと」は、自分を卑下したり、感情を押し殺すことでもありません。

人は順調な時ほど、自分の努力や能力で生きているように錯覚します。
しかし、思い通りにならない出来事に直面したとき、
私たちは初めて、自分の限界と向き合わされます。

・生かされていること
・誰かに支えられていること
・目に見えない導き
・当たり前のように過ぎていく日常の恵み

それらに気づいたとき、人はこう思えるようになります。

「この出来事にも意味があるのかもしれない」
「これも自分に与えられた学びなのだ」

すべてを感謝として受け止めようとする姿勢
それこそが、真の謙虚さであり、人生を生き抜く力なのだと思います。


「すべてが感謝」と生きる人は、決して弱くない

感謝とは、痛みや喪失を抱えたまま、
人生を天の導きに委ねるという選択です。

その姿勢は、心をしなやかにし、他者への思いやりを育てます。
天の前に身を低くすることで、人はより深い愛と強さを得ていくのです。

「すべてが感謝である」と生きる人は、
迷いながらも、揺れながらも、人生を諦めない人
だからこそ、その人は強く、幸せなのだと思います。


明日へ向かう人へ

過去に縛られず、変化を受け入れ、
困難の中にあっても「明日」を信じて歩こうとする人。
絶望に屈せず、諦めずに前進しようとする人。

悲しみの中にあっても、人は歩き続けることができます。

それが、明日へ向かう人です。

悲しみが消えることはないかもしれません。
それでもあなたは 進むことをあきらめないでください。



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