困難の中にあっても「すべてに感謝」で生きる謙虚さとは?

すでに恵みの中にいます

困難の中にあっても「すべてに感謝」で生きるとは
どんな生き方なのでしょう。


前回は「人生を受け止める三段階」について考えました。
きょうは、「感謝の三段階」について考えてみます。


人生は、思い通りにいかないことの連続です。
病、別れ、経済的な不安、人間関係の痛み――
「なぜ…」「どうして…」と、問いかけた経験は誰にもあるでしょう。


そんな時、「すべてが感謝である」とは
つらい出来事を美化し、我慢することでもありません。

その出来事を通して、
自分は何を学んだのか。
何に気づかされたのか。

そこに心を向けてみること。
そういう心の姿勢が「感謝」へと導いてくれます。


感謝には三つの段階がある

感謝には、三つの段階があると言います。

第一の感謝は、「良いことが起きた時の感謝」です。
願いが叶った時、物事が思い通りになった時、成功した時――
これは分かりやすい自然な感謝です。

第二の感謝は、「当たり前だと思っていることへの感謝」です。
朝、目が覚めること。
ご飯が食べられること。
話を聞いてくれる人がいること。
普段は意識にも上らない、日常の一つ一つ。

「当たり前」だと思っていることは、
多くの支えと導きの上に成り立っている恵みです


第三の感謝が「嫌なことや困難な出来事への感謝」です。
病気、別れ、経済的な不安、人間関係の痛みにも感謝です。
人間のあらゆる困難や苦痛にも感謝するのです。
これは最も難しい感謝です。


苦しみは、謙虚さを教えてくれる

苦しみの只中にいる時、人は否応なく立ち止まらされます。
当たり前だと思っていた日常の尊さや、人の優しさ。
自分の未熟さに気づかされることもあります。

もし、順風満帆な人生だけを歩んでいたら、
私たちは「大事なことに気づけない」かもしれません。

病気があって健康のありがたさを知り。
別れがあったからこそ人の温かさに気づく。

苦しみや困難は人を謙虚にさせます。
人の苦しみや痛みにも寄り添うことができます。
心をしなやかに豊かに成長させてくれます。

その意味で、
困難に感謝できるようになることは、人生が成熟してきた証です。
成長のバロメーターのようなものだと言えるでしょう。


謙虚でいることが、心を自由にする

人生を豊かにするもう一つの大切な姿勢は、
「何事も謙虚でいること」です。

謙虚さとは、自分の能力や立場において、
控え目で慎ましい姿勢だと言います。
態度を控えめにし、自分を低く見せる態度であると思っています。

ところが、本当の謙虚さとは、
自分の人生に与えられた出来事や出会いを、
「天からの贈りもの」として受け取る心の姿勢
です。

「成功、失敗、喜び、苦しみもすべては、
今の自分に必要だからこそ与えられたもの。」


そう受け止めるとき、人は他人と比べて誇る必要も、
劣等感に落ち込る必要もなくなります。

その事実に気づいたとき、自然と感謝の心が芽生え、
同時に、深い謙虚さが育っていきます。

謙虚であるとは、
「自分に与えられているものには、すべて意味と価値がある」
と信じること。

だから、どんな状況にあっても、
人にも出来事にも、敬意をもって向き合うことができるのです。

感謝と謙虚さは、表裏一体です。
感謝できる人は、謙虚になり、
謙虚でいられる人は、心が縛られず、自由でいられるでしょう。


当たり前と困難に感謝できる人生こそ価値がある

感謝と謙虚さは、苦しみの意味を変える力を持っています。

「なぜ私だけが苦しむ」から、
「この経験は、私に何を教えてくれているのだろうか」へ。

その視点が、心を少しずつ自由にし、
人生を深く、味わい深いものへと導いてくれます。

気がつけば、
人と比べることがなくなります。

落ち込むこともなくなります。
小さな出来事に静かな喜びを見出せるようになっている自分がいます。

当たり前に感謝できる人生は、豊かです。
困難にさえ感謝できる人生は、幸せです。
揺るぎない尊厳を宿した人生
なのだと思います。


今日という一日を、感謝とともに

もし今、あなたが困難の中にいるのなら、
どうか無理に前向きになろうとしなくて大丈夫です。

「今日も生かされている」
「誰かの支えの中にいる」
その事実に、そっと目を向けてみてください。

感謝と謙虚さは、
今日という一日を丁寧に生きるための、小さな心がけです。

その積み重ねが、いつか振り返ったとき、
「苦しみさえも、私の人生を豊かにしてくれた」と。
静かにうなずける未来へ、つながっていくのだと思います。


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