こんにちは!
きょうは映画のお話しをします。
朝鮮半島史上、高句麗と唐の最も劇的とされる
安市城包囲戦(西暦645年)を題材にし描いた歴史大作、
2018年公開の韓国映画『安市城 グレート・バトル』をご存知でしょうか。
西暦645年、唐の皇帝・太宗(唐を創建した中国史上屈指の名君)は、
アジア全土を支配すべく、20万を超える大軍を率いて朝鮮半島の高句麗に侵攻。
多くの城が降伏していく中、安市城だけが最後まで屈しませんでした。
安市城の城主ヤン・マンチュンが率いた兵は、わずか5,000人。
援軍も望めない孤立無援の状況でも彼は退かなかったのです。
約3か月に及ぶ包囲戦の末、寒波と補給不足に苦しんだ唐軍は撤退。
この戦いは、「国と民を守る」のために命をかけ団結して戦うという
人間の根源的な意志と誇りを語っています。

「大切なものを奪われる時は、命を懸けて闘うものだ」
城主のヤン・マンチュン(楊万春)は、
中央政府から反逆者扱いされ、孤立無援の状態に置かれます。
ところが彼は、権力闘争よりも、目の前の民の命と平穏な暮らしを最優先しました。
自ら前線に立って戦ったのです。
この「民衆に寄り添う理想のリーダー像」が大きな軸となっています。
映画の中でヤン・マンチュンはこう言います。
大切なものを奪われる時は、命を懸けて闘うものだ。
闘って守り抜こう。
彼らが守ろうとしたのは、民の暮らし、家族の未来、国家の尊厳でした。
知恵と団結による「不可能への挑戦」
唐の20万の大軍に対し、安市城の軍勢はわずか5000人。
絶望的な状況でも屈しない不屈の闘志を描いています。
巨大な攻城塔や土山で攻撃する唐軍に対し、
城の兵士だけでなく市民も加わって戦いました。
知恵と工夫を尽くして必死に守り抜いたのです。
知恵と団結があれば、いかなる困難にあっても強大な力に屈することはない。
天は志ある者に味方し、必ず道を開く――その希望を象徴しています。
現代の「国を守る戦い」
守るべきものは何か。
それを守る覚悟があるか。
現代社会にも、国、価値観、信仰や信念、文化、家庭という
目に見えにくい「守る戦い」が存在します。
例に挙げれば、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の法人格を守る闘いです。
同時にこれは「日本の民主主義を守る」闘いでもあります。
家庭の価値を重んじ、共産主義思想を警戒して社会貢献してきた家庭連合。
もし国家が、国家の都合のいいように判断を下したとき、民主主義は危うくなります。
国や社会は多様な思想と宗教団体をどこまで守れるのかという問題です。
歴史を振り返れば、国家が宗教の価値観を選別し始めたとき、
自由は静かに縮んでいきました。
命をかけて守るという選択
『安市城』の兵士たちは、勝算の薄い命がけの戦いに立ちました。
その理由は単純です。
城は、家族が暮らす場所であり、祖先から受け継いだ土地です。
未来の子どもたちの居場所です。
退くという選択は、命を守る代わりに、
自分たちの未来を明け渡すことを意味します。
だから彼らは命をかける覚悟で立ち上がったのです。
家庭、信仰、思想の自由、共同体の絆。
これらも壊れてから価値に気づくものです。
家庭連合をどう評価するかは人それぞれでしょう。
「国家が宗教団体を解散させる」という意味は、
それは、私たち全員の未来に直結する問題です。
本当に”守る”ということは、
考え、語り、関心を持ち、問い続け、理解し、見過ごさないことです。
それが現代における私たちの“防衛”です。
映画が私たちに残す問い
『安市城』は、圧倒的な逆境にあっても、
「守るべきもの」のために団結して戦う意志と誇りです。
守るべきものがある人間は強い
という真実です。
国家も社会も、最終的には人の覚悟で支えられています。
私たちはいま何を守りたいのか。
国か、家庭か、自由か、信念か、未来か。
「国や民を守る」という選択は、
いままさに衆議院選挙という現実の中にもありました。
どんな価値観を未来に残すのか。
誰にこの国の舵取りを託すのか。
その一票一票が、日本の未来の姿を形づくっていきます。
安市城で交わされた決意は、
現代の私たちにも静かに託されているのかもしれません。
