まだ五合目にいる──さだまさしが53年歌い続けても歩みを止めない理由

幸福に生きるために

「関白宣言」「秋桜」「精霊流し」「雨やどり」など、
数々の名曲を生み出してきたシンガーソングライター、さだまさし氏

「僕はこの国を心から愛している」と、
日本への強い愛情と世界平和を希求する思いを発信し続けてきました。

デビュー53年目を迎えた彼は、
最新アルバム『神さまの言うとおり』を発表しました。

驚くべきことに、グレープ時代を含めると通算51枚目のアルバムでありながら、
本人はこう語っています。

「ミュージシャンとして、まだ五合目にいる」

普通なら「頂上まで来た」と語ってもおかしくない実績です。

しかし、さだまさしさんは「まだ八合目を目指したい」と言います。

そこにこそ、彼が半世紀以上にわたり愛され続ける理由があるように思います。


完成ではなく、成長を生きる人

多くの人は年齢を重ねると、

「もう十分やった」「これ以上は難しい」
と考えがちです。

しかし、さださんは違います。

51枚のアルバムを作り、
4700回以上のコンサートを行いながら、なお、
「もっと高い頂がある」と言うのです。

これは単なる向上心ではありません。

人生を「完成させるもの」ではなく、「成長し続けるもの」
捉えているからでしょう。

仏教では、「悟ったと思った瞬間に成長は止まる」とも言いそうです。

さださんの姿勢には、
常に学び続ける求道者のような精神が感じられます。


今感じていることを、今歌う

今回のアルバムの中で、
さださんは現代社会への違和感も歌っています。

戦争。
分断。
SNSでの誹謗中傷。

しかし彼は、「戦争反対!」と叫ぶのではなく、

「ザポリージャの老婆は元気だろうか」
「タンカーは無事に海峡を抜けられただろうか」と歌います。

なぜでしょう。

それは、人を責めることよりも、人を思いやることの方が大切だと知っているからです。

誰かを敵にして叫ぶ言葉は、
一時的には人の心を動かせるかもしれません。

しかし長くは残りません。

一方、

「その人は大丈夫だろうか」という祈りは、
時代を超えて人の心に届きます。

だから彼の歌は何十年経っても色褪せないのでしょう。


日本の未来への静かな危機感

さだまさしさんの歌には、
仏教的なモチーフや日本の古典・民族的な題材を用いた歌などにもあるように、
日本の風土や四季、人々の暮らしが数多く描かれています。

それは単なる郷愁ではありません。

さださん自身、
「この国の風土が持つ美しい季節感を通して、日本人の心を歌いたい」と語っています。

その背景には、日本の伝統的な文化や道徳、
そして人と人とのつながりが少しずつ失われていることへの危機感があります。

かつて日本人が大切にしてきた思いやりや礼節、自然を敬う心。
それらが薄れていくことを、さださんは静かに憂いているのです。

ある時、世界の若者を対象にした調査で、
多くの国の子どもたちが「国の未来」に不安を抱いている一方、
日本の若者だけがほとんどそう答えなかったという話に触れ、
大きな衝撃を受けたといいます。

それは未来を楽観しているということではなく、
自分たちの国の行く末に関心を持たなくなっていることへの不安でした。

だからこそ彼は歌を通して、
日本の美しい風景や人情、家族の絆を描き続けているのでしょう。

大声で社会を批判するのではなく、

「私たちは何を失い、何を守るべきなのか」
を静かに問いかけているのです。


「バカヤロー」と歌わなかった理由

若い頃、多くのフォークシンガーが
社会や大人への反発を歌いました。

しかし、さださんはその流れに乗りませんでした。

理由は実にシンプルです。

「自分もすぐ大人になるから」

「10年後に振り返ったときに恥ずかしくない歌を書きたい」

と言います。

この言葉には深い人生哲学があります。

怒りは一時の感情です。
しかし作品は残ります。

だからこそ、感情に流されず、
時間の試練に耐える言葉を選ぶ。

これは音楽だけでなく、
私たちの日常にも通じる姿勢ではないでしょうか。

SNSに投稿する言葉も、家族に向ける言葉も、
「10年後に見ても恥ずかしくないか」

そう考えるだけで、
ずいぶん違ってくる気がします。


人生は何度でも「ふりだしにもどる」

アルバム収録曲『ふりだしにもどる』について、
さださんはこう語っています。

人には承認欲求があり、認められればうれしい。
しかし認められても、また次の欲求が生まれる。

結局、人は何度でも振り出しに戻る。

これはとても人間らしい真実です。

お金を手に入れても、
地位を得ても、
名誉を得ても、

「これで満足だ」とはなかなかなりません。

だから人生は終わりのない旅なのです。

しかしそれを悲観しているわけではありません。
むしろ、「だからこそ人は生きていける」とも言えるでしょう。

山を一つ越えれば、また次の山が見える。
人生とはその繰り返しなのかもしれません。


「永遠の少し先」に込められた愛

今回のアルバムの中でも特に印象的なのが、
『永遠の少し先』という楽曲です。

そこには、

「私が死んだ後も、あなたの幸せを祈っている」

という思いが込められています。

愛とは、一緒にいる間だけのものではありません。
相手の幸せを願う心は、自分の人生が終わった後にも続いていく

これは親が子を思う心であり、夫婦の愛であり、
友人への願いでもあります。

そして宗教や哲学が目指してきた
「利他の心」にも通じています。


愛され続ける理由

さだまさしさんが長く愛される理由は、
歌が上手だからでも、名曲が多いからだけではないでしょう。

彼の歌には、
人への優しさがある。
人生への謙虚さがある。

そして何より、
「まだ自分は途中なんだ」という誠実さがあります。

53年歌い続けても、なお五合目。

その言葉に、
私たちは勇気をもらいます。

年齢に関係なく、
人生はいつからでも新しい扉を開けることができる。

まだ見ぬ頂を目指して歩いていい。

さだまさしさんの歩みは、
そんな希望を私たちに教えてくれているのです。


まとめ ― 人生もまた「神さまの言うとおり」

良いこともある。
悪いこともある。

思い通りにならないことの方が多いかもしれません。

それでも、「天の神さまの言うとおり」

という気持ちで人生を受け止めながら、
与えられた道を一歩ずつ歩いていく。

そして、どんな年齢になっても、

「まだ五合目だ」と言えるほどの向上心を持ち続ける。

それが、さだまさしさんが私たちに伝えている生き方なのではないでしょうか。

人生の頂は、一つではありません。

今日もまた新しい一歩を踏み出す人にだけ、
次の景色は見えてくるのでしょうね。


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