精一杯生きてきた友人が亡くなられた。
90歳までは頑張ると言っていた。
残り27日で90歳のお誕生日を迎えると言うのに・・・
「また会おう」と約束していたのに・・・
このブログにも何度も登場していた友人。
追慕のために、
お花とお線香を持って主人と彼の家を訪ねた。
祭壇にはたくさん果物やお菓子のお供え物。
「お写真になっちゃったんですね・・・」
でも、いつものように彼が現れるのではないかと・・・。
畑で収穫した真っ赤な手造りトマトジュースを頂きながら
奥様と亡くなったご主人の話をたくさんした。
しばらくして・・・
何かの気配を感じた。
部屋のどこかで「チクチク・チクチク」
音にならないかすかな音だった。
振り返って見ると・・・
テーブルの上で男物の腕時計が時を刻んでいた。
彼の腕時計だと直感した。
彼の人生と一緒に時を刻み
彼の命を見つめてきた腕時計。
こんな思いどこかで感じたことがあった。
そうだ・・・
それは23年前・・・
父が亡くなったときだった。
持ち主がいなくなっても父の腕時計は時を刻んでいた。
だから・・・
私はその時計を自分の腕にしていた。
父の人生を見つめてきた、
父の命を刻む「時計」は、
時を止めるまで私の腕中で時を刻んだ。
今はもう動かない父の時計・・・。



