母の日を作った女性が、最後は「母の日」と戦った悲劇の生涯

すべてに感謝して

5月の第2日曜日、10日は「母の日」
どのような母の日をお過ごしになりましたか?

「母の日」は、日本だけでなく、
アメリカ、カナダ、オーストラリア、中国など、多くの国で祝われています。

カーネーションやプレゼントを贈り、
母親へ「ありがとう」を伝える日です。

韓国では、毎年5月8日が「父母の日(オボイナル)」とされ、
父と母の両方に感謝を捧げます。

国は違っても、
「親への感謝」を大切にする心は共通していますね。

しかし、この「母の日」の背景には、
あまり知られていない一人の女性の悲しい物語があります。


母の日は、一人の娘の深い愛から始まった

「母の日」の始まりは、1908年のアメリカです。
創設者は、アンナ・ジャービスという女性でした。

彼女は、亡き母アン・ジャービスを追悼するため、
母が好きだった白いカーネーションを教会に飾りました。

これが、現在の「母の日」の起源とされています。

やがて、

  • 母が健在なら赤いカーネーション
  • 亡くなっているなら白いカーネーション

という習慣が広がっていきました。

しかしアンナが本当に伝えたかったのは、
花そのものではありません。

「母の無償の愛に、心から感謝すること」でした。

<母の日創設者:アンナ・ジャービス>


母アンは、多くの命を支え続けた女性だった

アンナの母・アンは、非常に献身的な女性でした。

夫を早くに亡くし、
戦争や病気によって多くの子どもを失いながらも、
残された子どもたちを育て上げました。

さらに彼女は社会活動家として、

  • 衛生環境の改善
  • 乳児死亡率の低下
  • 貧しい人々への支援

などに尽力します。

南北戦争では、敵味方を問わず負傷兵を看護し、
分断した人々を和解させようと働きました。

また、敬虔なクリスチャンとして、
26年間も日曜学校で奉仕を続けたと言われています。

アンナは、そんな母の生涯を見て育ち、心から尊敬していました。

だからこそ、「母の日」を単なるイベントではなく、

母の犠牲と愛に静かに感謝する日

であってほしかったのです。


「感謝の日」は巨大な商業イベントになっていった

ところが、「母の日」が全米へ広がるにつれ、
花業界、グリーティングカード会社、菓子業界などが巨大なビジネスとして注目し始めます。

カーネーションは値上がりし、大量販売され、
既製品の「母の日カード」や高価な贈り物が並ぶようになりました。

これは1910年代後半から1920年代頃のアメリカです。

現在の日本でも、「母の日」だけでなく、
クリスマスやバレンタインも巨大な商業イベントとして定着しています。

  • クリスマスはケーキとプレゼント
  • バレンタインはチョコレート
  • 母の日はカーネーション

というように、感謝や愛情を表す日が巨大な商戦として定着しています。

もちろん感謝を形にすることは素晴らしいことでしょう。

しかし、その一方で、「本来の意味」が薄れ、
“イベントを消費する日”へ変わってしまう危うさもあります。

だからこそ、アンナ・ジャービスは最後まで、
「母の日を、金儲けの日にしてはいけない」と訴え続けたのかもしれません。


アンナが守りたかったのは「真心」

アンナが嫌ったのは、
「母への感謝」が、大量生産された商品や広告によって、形骸化されていくことでした。

「既製品のカードは、手紙を書く努力を怠っている」

とまで語ったそうです。

彼女にとって大切だったのは、
手書きの言葉・真心・母を想う時間だったのです。

それは、母親のアンの生き方から学んだ
「見返りを求めない愛」「真の敬意と感謝」そのものだったのかもしれません。


母の日の創設者は、最後に孤立していった

1923年、アンナは商業化された母の日イベントへ抗議を始めます。

1925年には、カーネーション販売を伴う集会で騒動となり、
「治安妨害」を理由に逮捕されてしまいました。

母の日を作った本人が、
“厄介者”のように扱われてしまったのです。

晩年のアンナは、商業化した「母の日」を廃止しようとまでしました。

しかしその活動の中で、財産も健康も失っていきます。
そして1943年、彼女は療養施設(サナトリウム)に入れられ、
孤独な晩年を過ごしました。

皮肉なことに、その入院費を支援したのは、
花業界やカード業界関係者“商業主義側”の人々が、
支払っていたとも言われています。

そしてアンナは、母の日の創設者でありながら、生涯独身で子どもを持たず、
1948年11月24日、貧困と孤独の中で生涯を閉じたのです。

母の日に、本当に大切なこと

アンナ・ジャービスは、
「母への感謝は、真心で表現されるべきだ」と最後まで訴え続けました。

母を想う心

そのものだったのではないでしょうか。

我が家でも、毎年「母の日」には娘達からプレゼントが届きます。

しかし、母親というものは、
高価なプレゼントを期待してはいません。

「元気でいるよ」
「幸せに暮らしているよ」
「いつもありがとう」

その一言だけでも嬉しいものです。

親とは、与えられることよりも、
子どもの幸せを願って生きる存在だからでしょう。

もし、立派な贈り物ができなかった人も、
どうか悲しまないでください。

一本のメールでもいい。
短い電話でもいい。

本当に大切なのは、母を想う真心です。

それこそが、
アンナ・ジャービスが命をかけて守ろうとした、
本当の「母の日」なのかもしれません。


 

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